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2008年2月12日火曜日

人生ゲーム


 昨晩、夕食のあと、家族4人で人生ゲームをやった。
 「お仕事発見 人生ゲーム」というヴァージョン。
 最初、約束手形ばかりもらっていた長男が、逆転で
 勝利した。「ほんとの人生もそうやって、つらいことを乗り越えて行くのだぞ。」
 そこそこ調子のよかった長女は、後半、
 つらい目にあってお金がほどんどなくなってしまい、
 悔し泣きをしていたが、でも、ゲームを投げることなく
 最後までやり通した。「えらいぞ。おまえは強い。次はきっと勝てるよ。」
 人生は山あり谷ありなのだ。 

 まだ遠くに、おぼろげに見え隠れする、僕の次の山…。
 登ることができるといいな。

2008年2月6日水曜日

合格祝賀会(家族版)

息子が某私立中学に合格した。偏差値的には、第一志望ではなかったのだが、
いくつか実際に足を運んだ学校の中で本人がかなり気に入っていた
学校なので、親としては、とりあえず、ほっと胸をなでおろしている。
で、親の親(私の母親)がスポンサーとなって、
銀座の某すし屋で、合格祝賀会がとりおこなわれた。
息子の合格がわかったのは1日の夜、インターネットの発表により、だったのだが、
「あなたは合格しました」という画面表示に向かって、僕は、
自分が弁理士試験に合格したとき以上の雄たけびを上げていた。
妻も、ここ数年、(僕の合格のときも含めても)
こんなに喜んだことはないだろうほどに喜んでいた。
息子の人生は、ほんとうに、まだまだこれからだが、
第一志望には不合格だったことも、
自分としては気にいっていた第二志望の学校に合格だったことも、
みんないい経験だと思う。頑張れ。息子よ。お父さんも頑張るよ。
銀座の寿司は美味かった。お袋さん、ごちそうさまでした。

2007年12月31日月曜日

大晦日

結婚してから、年末年始は一年も欠かさず、
富山の嫁さんの実家に帰っていたのだが、
今年は長男が受験のため、
結婚して初めて、自分の家で年を越すことになった。
今、家族4人で年越しそばを食べ終わったところ。
家族4人の健康を感謝、僕が弁理士試験に合格したことに感謝、
そして、お願いします。来年、長男が合格しますように。

2007年12月25日火曜日

サンタクロース

 
サンタクロースを小学校2年の娘はまだ信じている。
 今朝、その娘にサンタクロースからピンクのDSが届いた。
 よかったね。
 パパも嬉しいよ。
 パパは小学校1年生までサンタを信じていた。
 幼稚園のとき、サンタはほんとうはいないという
 友達と、サンタはいると言い張って、
 ケンカをしたのを覚えているが…。
 そろそろ、今年が最後のサンタかな?○○ちゃん。
 いい思い出になってくれればそれでいいと思う。

2007年12月19日水曜日

膝の上の娘

昨晩のこと。

僕と妻の寝室のベッドに娘が寝転がっている。
「今日はパパとねようか?」と僕。
「駄目。ママと寝るから、パパは○○ちゃんのベッドで寝て。」
「いいじゃん、パパと寝ようよ。」と言って僕は娘の傍らに転がり込む。
「駄目。無理。」と言って娘は僕をベッドから蹴落とす。

くそ!かわいくねえな。
しかし、まあ、父親はこんなもんかと、引き下がり、寝室を出た。

翌朝、つまり今朝

起きてソファーで朝ドラのスイッチを入れると、
ぴょこんと、僕の膝の上に飛び乗る娘。
くそ!かわいいぞ。
いつまで僕の膝の上に飛び乗ってくれることやら。

ちなみにうちの娘は8歳。小学校2年生です。

2007年11月26日月曜日

京都・六甲

23日~24日。母と娘と僕の3人で、京都、六甲に行ってきた。
息子は受験勉強のため今回は不参加。妻もそれに伴い不参加。
23日は、まず京都の知恩院に父の墓参り。
ほんとのお墓は山陰の父の生家の近くのお寺にあるのだが、
父が学生時代を過ごした京都にも分骨してあるので、
毎年、この時期、母と知恩院を訪れている。
それから、阪急電車で長岡天神に行って、長岡天満宮に息子の合格祈願。
長岡天神に母方の祖父母が住んでいたので
縁があることもあり、今回、息子のことをお願いするために参ることにした。
合格祈願セット(お札、お守り、絵馬、合格鉛筆、合格はちまき)
3800円也が社務所で発売中だったので
ありがたく購入した。
その後、六甲に向かい、山上のホテルに宿泊。
24日は六甲山牧場、六甲山フィールドアスレチックで過ごして
帰ってきた。
牧場では昼食にチーズフォンデュを食べた。
アスレチックは写真を撮りながら娘について歩いただけだが
起伏の多い山道を1時間ほど歩いたので、それだけで
けっこういい運動にはなった。
娘が帰り際に新神戸の駅から妻に「とーっても楽しかったよ」と
メールを打った。
僕もとーっても楽しかった。と思った。
受験が終わったら、
息子にもとーっても楽しい思いをさせてやりたいと思った。

2007年10月25日木曜日

結核!?

 昨日になっても熱が下がらなかった嫁さんは、ただの風邪ではないかもしれないと思い、朝から少し大きなT病院に検査にいった。すると、いきなりレントゲンを撮られて、「結核の疑いありです」と言われた。
 それから、鼻からパイプを通して胃液を採ったり、肺をCTでスキャンしたりして、結局、その日の午後には、結核の疑いは晴れ、ただの「肺炎」という診断がくだったのだが、午前中、電話で「結核かもしれない」と嫁さんから言われたときは暗澹たる気持ちになった。
 弁理士試験の勉強は、とりあえず一文にもならない。というか出費ばかりがかさんでいく。おかげで、その分、家族に贅沢をさせることができない。それなのに、勉強があることを理由に、家のことは、一切、妻に押し付けているのが現状だ。
 いや、ほんとに、申し訳ないと思っている。そのうえ、結核!?そりゃないよ。と思った。「肺炎」だってこじらせれば命に関わる病気なのだから、それでよかったというのもおかしな話だが、結核というのは、昔とちがって不治の病ではないにしても、完治するまでは、場合によっては1年以上の療養が必要らしく、とりあえず1週間の安静で入院もせずにすんだことは、まあ、不幸中の幸いであったといえる。ほんとによかった。
 これは多分、嫁さんのことを、もうちょい大事にしろよという、神様からの警告に違いない。わかりました。気をつけます。

2007年10月23日火曜日

妻 発熱 娘 働く

 昨日、妻が熱を出してダウン(39.5℃)。7歳の娘は、誰も頼みもしないのに、自分でお風呂を洗って沸かして、食器を食器洗い機にポンポン放り込んでいく。「ママがいない分私が…」とか、口には出さないが、黙々と自分がやると決めたことをやっている。いい娘だ。
 その後久々に娘と風呂に入った。いつもはママと入るのだが、一人で入るのはあまり好きでないようで、「しょうがないなーパパと入ってやるか」といったところだったのだろうが、最近誰かと風呂に入ったことのなかったパパは楽しかったよ。

2007年10月12日金曜日

クロックス


昨晩、娘(小学二年生)に「クロックス」のサンダルが届いた。
「お友達はみんな持っている」そうで、前からほしがっていたのだが、
僕と妻は「学研のプリントが2年生の分全部終わったらね。」と
条件交渉に持ち込みつつしぶっていたところ
娘は「ママのバカ、いじわる。」という捨て台詞を日記に残しつつ、
そそくさと僕の母(つまりおばあちゃん)に直接交渉し、
自力(?)でクロックス・ゲットに成功してしまった。
先週末に妻と母と娘の3人で自由が丘の靴屋を回ったがサイズがなく、ネットで探しあてて、注文したのが、やっと昨晩届いたのだった。
娘はさっそく家の中で履いていたが、少し履いた後、
サンダルの底についたマリィ(ビーグル・♀3歳)の毛を丁寧に台所の水道で洗い落としていた。
 「靴なんだから、底が汚れるの当たり前じゃん。そんなのいちいちいやがってたら履けないじゃん」
と上の息子(小学六年生)が正論をはいたが、娘はまったく無視して大事そうにクロックスを箱の中にしまっていた。
 僕は30年ほど前に母に買ってもらった「パンサー」のことを思い出した。
僕が小学校の五年生くらいの頃だったろうか…。当時流行りだしていた「パンサー」というスニーカーがあった。
当時僕がいつも履いていたいわゆるゴム底のひもなしの運動靴は多分300円くらいのものだったと思う。
パンサーは980円とかだった気がする。今になれば最初のうち親が買いしぶった気持ちはよくわかる。
でも友達の履いているパンサーがうらやましくて、さんざん駄々をこねた僕に、結局母はパンサーを買ってくれた。
ある日「これで買ってきなさい」と言って1000円札を僕に渡してくれた。
僕は靴屋まで走っていって青いパンサーを買った。
その日は、嬉しくて寝るまで部屋の中で履いたまま歩き回っていた。
その後、何足靴を買ってもらったり買ったかわからないが、あれが一番嬉しかったな。と、そんなことを思い出した。